雪だんごの東方考察譚/

雪だんごの東方考察譚

気ままに東方考察

東方虹龍洞にZUNの込めた思いとは

初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。雪だんごです。

本日2021年5月4日、ついにth18こと東方虹龍洞が頒布されましたね。情勢も情勢なので今年はリアルイベントではなくSteamでのオンライン販売ということになったわけですが、東方界隈は相変わらずの盛り上がりを見せていて安心しました。

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さて、私も当然0時に虹龍洞をダウンロードし、EXクリアまで一通り済ませてomake.txtを読んだわけですが、なーんかこのストーリー深い気がする……と思って、この虹龍洞にZUN氏の込めた意味をいろいろ考察してみました。よろしければ最後までお付き合いください。

いつものことですが、当然この考察にはが含まれています。苦手な方……というか未プレイの方がこの先に進むと心に大変大きな傷ができる可能性が高いので本当にお気を付けください。ではいきましょう。

ストーリー

まずは虹龍洞のストーリーを簡単にまとめしょう。全部書くのは面倒くさいので詳しくはomake.txtでお願いします。

もともと虹龍洞というところで龍珠という鉱石が取れていた。この龍珠にはわずかに魂を僅かに込めることができ、それによって色々な人物の能力などをコピーして込めることもできるのだが、龍珠を勾玉に加工することで更に多くの量の魂を込めることができる。

この龍珠は金になる、と目を付けた大天狗、飯綱丸龍(いいずなまるめぐむ)は、龍珠を使って交換したくなる娯楽品を作ることを計画した。しかし、それだけでは利益も少ないだろうと考え、今にも消えそうだった市場の神を利用しようと考えた。独自の通貨システムを作れば、そのシステムを浸透させることでより売買を活発化させることができる。正しく売買した時のみ市場の神によってカードの効果が補充されるという仕組みを作ることで、この通貨システムの利用理由の裏付けまでも完璧にしたのであった。

早速、龍は大ムカデの妖怪、姫虫百々世(ひめむしももよ)に龍珠を報酬に虹龍洞の採掘を依頼。順調に利益を上げていったが、ここで問題が発生。思いの外流通が多かったことにより市場の神が本来の力を取り戻すレベルにまでになっていたのである。

しかしこれは市場の神である天弓千亦(てんきゅうちまた)の計画内。千亦は所有権を無に返す能力を持っている神であるが、最近は市場を介さず売買することが増えていることを嘆いていた。そんな時龍が千亦に声をかける。龍は千亦を自分のビジネスに利用しようとしているようだが、千亦はこれによって自分の力が復権することを見越していた。そして、表面上では協力し、利用されているだけのフリをしながら裏では龍を利用していたのである。

 

で、この後に「流通?知らないわそんなもん!カードのせいで迷惑してるのよ!」って感じの主人公たちが暴力で市場の神をぼこぼこにするわけです。

これだけ見たら普通のストーリーなのですが、ここで私の脳内に、くっきりとした姿が浮かんできたわけではないですが、おぼろげながら「千亦=神主(ZUN)説」というものが浮かんできたのです。(小泉構文)

 

東方の市場

ソシャゲ

東方Projectの特徴として一番大きいものといえば、二次創作の多さではないでしょうか。niconico三大文化となるほどには二次創作の盛り上がりを見せており、東方オンリーの同人イベントが開催されるくらいには多い量の二次創作が存在しています。

そんな二次創作の中でも、最近になって出てきたジャンルのものがあります。それはソシャゲです。ソシャゲとはガチャを回してキャラを手にして、そのキャラを使ってステージをクリアしていく、といった感じのものですね。自分のスマホに入っている、という方も多いのではないでしょうか。

で、そんなソシャゲが何に関係するのさって感じだと思うんですが、ソシャゲと虹龍洞におけるアビリティカードがリンクしているように感じるのです。

 

東方の市場とは

神主ことZUNは、東方Projectの原作者です。神として崇めている人もたまにいます。もともと東方はコミケで頒布されていたもので、そこから原作者の許可を取って原作が同人ショップで委託販売されるようになったり、東方オンリーの同人イベントに神主が直接赴いて原作を頒布したりするようになっていきました。

この原作を「龍珠」としてみたらどうでしょう。この龍珠自体も確かに魅力が詰まっていますが、この龍珠の魅力に気付いた人らは更なる魅力を見出し、龍珠から勾玉を作る、すなわち「二次創作」するのです。

(omake.txt内にも欲望のままに山を切り崩し、資源が尽きるとともうち捨てられた鉱山跡を沢山見てきた というのがあるのですが、これもコンテンツの死について語られているような気がします)

千亦は龍の計画したアビリティカードに利用されていると知りながら協力します。で、結果的に自分の復権になるわけですが、このアビリティカードが一時期前にサービス終了した、まあ名前を出すとソシャゲである東方キャノンボールのように感じまして。

最近、こんなコロナ禍なのでコミケのような「市場」はありません。そんな中、神主の下に一般受けするソシャゲの話が舞い降りてくる。相手は企業なので原作リスペクトはしていても、東方を通じて利益を得ようとしているなんてことは当然です。結局、ソシャゲのうちロスワは続いていますがキャノンボールはサービス終了しました。このソシャゲによって一般層から東方への興味を引かせる。ひいては原作に引き込む。ここまで神主が考えていたとしたら……これは虹龍洞とストーリーが一致するのかな、と。

神主のソシャゲへの考え

ここまで読んで、「いやお前、それじゃまるで神主がソシャゲ会社を利用するという意地悪い奴に仕立てあげてないか」と感じる方もいるかもしれません。ここで一つ、神主のソシャゲへの考えを紹介しましょう。2014年に頒布された弾幕アマノジャクのomake.txtからの引用です。

 良いゲーム体験の一つに、目標に対して工夫して、努力して、そして根気よ
くプレイする事で乗り越えられる。そんな体験があげられるかと思います。
このゲームはそこに重点を置きました。
 しかし最近は努力の部分がランダムに偏るゲームが多くなってませんか?
 やれスーパーレアだのレジェンドだの……。ランダムで可愛い絵と、それに
付随するパラメタを無限のアップデートで集め続けるゲームには……、僕はもう、
ちょっと限界を感じるようになりました。もう真剣にゲームをしなくなった大人
の暇つぶし、と考えてますが、この世の中がそんなゲームばかりになってはお酒
も不味くなってしまいそうです。

 特に若いうちはゲームにおけるいい成功体験をしておかないと、将来のゲーム
クリエイターは生まれないかもしれません。いや、ゲームじゃ無くてもクリエイ
ティブな人間にならないかも……なんてすら思ってしまいます。

あの大のアルコール好きである神主が「お酒も不味くなる」と表現するほどソシャゲをゲーム的に批判しています。これを見て、神主がソシャゲの話を持ち掛けられた時に嬉々として許可を出したとは考えにくいのではないかな、と私は考えました。

天弓千亦と神主

千亦は特別な時(ゲーム内だと虹がかかった時とか)しか能力を発揮できません。ようするに、これって現実だとコミケとか例大祭とか、あくまで特別な日にイベントとして売買を続けるっていうことで、それはまさしく今までの頒布の形です。

地下アイドルという言葉があるように、「地下」というのは表には出ないあくまで限られたコミュニティでの産物の整地。それを「山の頂点」という、一番見渡しの良い場所の人物が利用しようとした。これぞまさしく、同人⇔商業の対比なんじゃないでしょうか。

(余談なんですが、なんとなく鬼形獣と似ているような気がします。偶像と動物霊の対比とか、同人と商業の対比に近いんじゃないかなとか。まあこれは私のぼやきですのでお気になさらず。)

 

結論

今回のまとめです。あくまで私の考えですが、千亦は神主をイメージしたキャラであり、最近の商業東方二次創作への一種の皮肉としてストーリーが構築されているのである。というものでした。

ゲーム内でも、アビリティカードはエンディングなどで結果的に「無害な娯楽品」として存在意義を獲得したので、神主もソシャゲとかを無くせって言ってるわけじゃなくて、あくまで一種の題材として取り上げたのではないかなと思ってます。

正直に言うと、ここまで考察して私叩かれるんじゃないかとびくびくしてます。これ神主が意識してなかったらまずいな……なんて思いながら執筆したわけですが、まあ多分大丈夫でしょう……多分……

いろいろな考察ができそうな作品なので、皆さんも虹龍洞考察してみてはいかがでしょうか。それでは最後に虹龍洞のスタッフロールの神主コメントを載せて締めさせていただきます。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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