雪だんごの東方考察譚/

雪だんごの東方考察譚

気ままに東方考察

「反魂蝶 -西行妖の謎-」

初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。雪だんごです。最近は忙しく、考察に割ける時間が少なくなっていましたが、ようやくまとまった時間が取れましたのでまた東方考察していこうと思っています。よろしくお願いします。

さて、それでは今回の本題に参りましょう。今回の考察内容は「反魂蝶というスペルカード、および西行妖の正体」です。

ここで注意点ですが、今回の記事は内容の関係上、東方妖々夢の重大なネタバレが含まれています。既に知っている方や、そんなの気にしないという方のみお楽しみください。また、今回の記事はかなり長いです。何回かに分けて読むことを推奨します。が、時間に余裕がある方はぜひ一気に読んでいただければなと思います。

 反魂蝶・西行妖の特徴 

前提

では早速説明に入る……とその前に、今後の説明の理解を早めるために、予め西行寺幽々子西行妖、そして反魂蝶について、妖々夢中で明らかになっていることをまとめてましょう。少し長いけど許してね。(許さない人向け→特徴・演出に飛ぶ

西行寺家には、多くの人を魅了し、多くの人が永遠に眠りについた見事な桜、「西行妖(さいぎょうあやかし)」が存在する。この木の下に富士見の娘が埋まっていることを知った亡霊の幽々子は、幻想郷中の春を集め西行妖を開花させ、その埋まっている娘を復活(反魂)させようとした。

しかし、その埋まっている娘というのは、生前に「死に誘う程度の能力」を持っていたことを疎んで自殺した、幽々子本人であった。それが原因で、反魂に成功すれば埋まっている幽々子の時が一気に流れ、それは生き返った幽々子が再び死ぬことを意味する。

また、反魂は生前の幽々子の消滅にも繋がり、反魂、および西行妖の満開には絶対成功しないようになっているのである。幽々子西行妖の満開を見ることはできないのである。

また、西行妖は人の生気を吸い過ぎた危険な桜である、幽々子の亡骸が西行妖を封印している、という二つの特徴が実際には存在している。

これが、妖々夢内で明らかになっているものです。悲しいお話ですよね……

この内容自体は知っている方は多そうですが、よくよく考えると、これってタイムパラドックスのことを説明しているんですよね。

タイムパラドックス

タイムパラドックスというのは、過去と矛盾する現在が生じる事象のことです。

例えば、自身が生まれる前の過去に戻り、自身の親となる人物を殺害する。そうすれば、自身が産まれることはなくなりますが、同時に親を殺害する自分の存在も誕生しないことになります。しかし、それでは親は殺害されないこととなり、矛盾が生じます。このような矛盾がタイムパラドックスです。

このタイムパラドックス幽々子の話に当てはめてみると、「反魂に失敗し、なおかつ西行妖が満開にならなかったのは、死んだ幽々子が生前の幽々子を生き返らせることで、死んだ幽々子が存在することが矛盾となる(タイムパラドックスが生じる)から」というものになります。この前の文章、「反魂に成功すれば埋まっている幽々子の時が一気に流れ、それは生き返った幽々子が再び死ぬことを意味する。」という部分は、「幽々子の時が物凄い速度で進むというのは、現在の時間軸にまで死の影響を及ぼし、死んだ幽々子の消滅がすぐさま行われる」ということでしょうか。複雑すぎない?

亡骸による封印

最後にある、西行妖が幽々子の亡骸を封印しているのではなく、幽々子の亡骸が西行妖を封印しているという文については、このタイムパラドックスを防ぐ手段というものの説明になっています。つまり、「幽々子の死」が「死んだ幽々子幽々子の亡骸を生き返らせる」ということを防いでいるのです。彼女は死んだ時点でこのタイムパラドックスを生じさせないようになった、といった方が良いでしょうか。

タイムパラドックスには、様々な推論があります。親殺しの例で言うならば、殺害した瞬間自分が消える(①)とか、殺害してもなんやかんやで自分が生まれる過程を取る(②)とか、そもそも殺せないようになっている(③)とかですね。幽々子の例についてはこの①と③を複合したようなもので、①を防ぐために、「幽々子の亡骸」が(仮に死後の自分が反魂させようとしても)強制的に③になるようにしている、ということです。キャラ設定.txtの内容ってこういう事を説明しているのだと思います。多分。

(確かに、このことを唯一知っていた妖忌が妖夢にこのことを伝えてたとしても、そう簡単に妖夢が正しく理解できるものではないと思いますね。下手すれば白玉楼や冥界の消滅にも繋がりそうな話題ですから……)

補足

妖々夢中ではあまり語られていませんが、反魂蝶についての他作品内での説明、およびその他の補足も行ってしまいましょう。

まず、反魂蝶の弾幕は、「蝶の姿をしているのは人間」「蝶の力で死者をよみがえらせるもの」とThe Grimoire of Marisa内で魔理沙が考察しています。公式書籍内でのキャラクターの一考察なので100%信用できるかといわれたら違うんですけどね……

また、同書籍内で、反魂蝶の対極に当たるスペカ、死蝶「華胥の永眠」については「永眠して蝶の夢を見るスペカ胡蝶の夢?)」「反魂蝶と区別がつかない」と考察されています。

さらに、反魂蝶の上位版とも言えるような弾幕、「西行寺無余涅槃」については、弾幕に対するコメントで「幽々子の最終奥義」「彼女(幽々子)の死」と書かれています。これは実質的な「反魂蝶 -満開-」と言えるものでしょう。

反魂蝶以外についての補足説明ですが、おまけ.txt内で、ボーダーオブライフは「生死の境」「死あっての生であり、死なない生き物は存在しない」「この実態は厚さ0の生死の境である」とZUN氏は説明しています。

 

特徴・演出

前提知識をまとめたところで、それでは本題です。まずは反魂蝶について見ていきましょう。反魂蝶とは、妖々夢6面で???が使用する、6面最後のスペルカード(以下スペカ)です。非想天則にも反魂蝶は存在しますが、性質が大きく異なるため今回は妖々夢に限って見ていきます。

反魂蝶の大きな特徴として、妖々夢屈指の難スペカであり、なおかつ演出が非常に凝っていることが挙げられます。実際にどのような演出が行われるのか、実際の演出を文字に表してみましょう。

妖々夢6面、西行寺幽々子の5枚目のスペカ、桜符「完全なる墨染の桜」を突破すると一度撃破演出が流れ、さもゲームクリアしたかのような静寂が訪れる。

その後、画面に「身のうさを思ひしらでややみなまし そむくならひのなき世なりせば」という短歌が表示されたと思うと、反魂蝶のスペカ開始演出が出現、同時にボーダーオブライフが流れ出す。

66秒間、幽々子のシルエットから放たれ続ける美麗な弾幕を避けきると、一斉に全ての弾幕が大量の桜の花びらになって自機に収束していき、正真正銘のゲームクリアとなる。

いやぁすごいですね。正直これ見るためだけに妖々夢買う価値あると思います。何回やってもボーダーオブライフ流れるときは鳥肌立ちますもの。

さて話を戻しますが、この演出の中には意外にも謎な部分が多くあります。この文章の中だけでも全て挙げてみると、

  • 撃破したと思っていたら撃破できていない
  • 謎の短歌の出現
  • 唐突な専用曲の再生
  • 幽々子のシルエットの正体

などがあります。また、この他にも、

  • 幽々子の体力ゲージがほんの少しだけ残っている
  • 勝手に小桜や桜の花びら、点アイテムが落ちてくる
  • スペカ所持枚数表示は墨染の桜突入時点で残り0枚を示している
  • ボーダーオブライフの曲説明欄で「???のテーマ」と表記されている

などの不可解な要素が存在しており、他のスペルカードとは一線を画す特殊なスペルカードであることが伺えます。

本論

それでは、この反魂蝶の不可解な要素について一つずつ明らかにしていきましょう。

生と死の境界

まず一つ目、「撃破したと思っていたら撃破できていない」についてです。これは、五つ目の「幽々子の体力ゲージがほんの少しだけ残っている」と関連付ければ、幽々子自身が、非撃破と撃破の境界、すなわち生と死の境界ボーダーオブライフ)に存在しているからという理由が妥当でしょう。三つ目の「唐突な専用曲の再生」というのもつながりますね。生死の境の緊張感を際立たせる重要な曲ですから。

西行の歌

二つ目の「謎の短歌の出現」ですが、これは西行法師の詠んだ歌です。西行法師は、幽々子の元ネタから考えると幽々子の父と当たる人物なので関連性は非常に高いです。

この「身のうさを思ひしらでややみなまし そむくならひのなき世なりせば」という歌の意味ですが、現代語訳すると「わが身の辛さ、悲しさを知らないで生涯を終えていただろうか。もし遁世して出家するという習わしのない世であったのならば。」というものになります。西行出家することで新たな境地を知れたことに対して喜びと哀しみを感じていたようです。

で、これと幽々子に何の関係があるのかと考察したところ、これは幽々子生死の輪廻から解脱している状態にあることを表したのではないかという結論に至りました。

仏教

西行は法師と呼称されるように、仏教に通ずる人物です。この場合の出家も仏教に入信することを表します。

では、その仏教の目的とはなんなのか。それは、「転生の輪廻から解脱し、涅槃に入ること」です。解脱というのは苦しみから解放され、悟りを開くことであり、涅槃というのは煩悩のない安楽の境地のことです。涅槃という言葉は、西行寺無余涅槃のスペカで聞いたことがある人が多いかもしれませんね。ちなみに無余涅槃というのは、肉体をも滅して得られる悟りの境地のことです。仏教凄すぎない?

悟りを開いて安楽の境地に至る。では、その悟りとは何なのか。

答えを言ってしまうと、悟りを開くとは、要するに「全ての欲を無くすこと」です。新たな真理を知ること、と形容するのが近いかもしれませんが、そのために全ての欲を無くすのです。この欲を無くすことで、自らが世界そのものに近付いていくらしいです。すごい。

死して転生することは仏教の目的ではありません。悟りを開き、全ての苦しみから解放された境地、涅槃に行くことが仏教の目的です。私は、反魂蝶中の幽々子がこの悟りの境地に存在しているのではないかと考えました。

悟りの境地

このように考えた理由を説明します。

反魂蝶中の幽々子はシルエット状態となり、こちらの攻撃が効果を成しません(ホーミングも追尾しない)。これは、幽々子が苦痛から解脱したということを表していると言えますし、ホーミングが機能しないのは幽々子が世界(背景)そのものになった、つまり悟りを開いたからと理由付けできるのでないでしょうか(先ほどの四つ目の謎と関連しましたね)。

ただし私は、反魂蝶はシルエットとなった幽々子が放っている弾幕ではないと考えています。複雑になってきましたが、もちろん説明しますのでもう少し辛抱くださいね。

西行妖の妖力

反魂蝶の弾幕はシルエットの幽々子が放っているものではない……一体どういうことなのか、説明しますね。

結論から言ってしまうと、反魂蝶は「死の妖力を浴びた西行妖の弾幕」と私は考えています。

幽々子の生前、幽々子の父と考えられている西行は自身の希望の通り、桜の下で亡くなります。すると、西行を慕っていたものは次々とその桜の下で死んでいき、自らの「死に誘う程度の能力」を疎んだ幽々子その木の下で自尽しました。その人間の生気を吸ってその桜は妖怪桜、「西行妖」となりました。

(余談ですが、妖々夢5面突入時に流れる「願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」という短歌も西行の詠んだものであり、現代語訳すると「願うなら桜の咲いている下で春に死にたいものだ。2月15日*1の満月の頃に。」という意味になります。このことから、西行が桜の木の下で永遠の眠りにつきたがっていたことがわかりますね。)

また、The Grimoire of Marisa内で魔理沙は「反魂蝶の弾幕の蝶は人間なのではないか」という考察をしています。これら二つを掛け合わせると、「反魂蝶の弾幕は死んだ人間の霊魂なのではないか」という結論を導き出すことができるんのではないでしょうか。

反魂というものは死者の蘇生、すなわち生者の死とは真逆の行為です。(西行の死によって)西行妖の下に生者が吸い寄せられて行ったのとは反対に、(幽々子の反魂によって)西行妖から死者が吐き出されていたのではないでしょうか。これは、その死者の霊魂を蝶とすれば、まさしく反魂蝶というスペカそのものと言えると私は考えます。

(また、反魂蝶を逆再生すると、青と紫の蝶弾を吸収+レーザー→赤の大弾を吸収→赤の蝶弾を吸収というものの繰り返し→最後に青と紫の蝶弾を吸収+レーザーという弾幕になります。このうち、赤い大玉は死の妖力を西行妖が吸収したことを表しているのではないでしょうか。これはあくまで予測ですけどね。レーザーはなんなんだろう……)

疑問点

長くなってしまったのでいったんまとめましょう。簡単にまとめると、反魂蝶は「西行妖の吸った死の妖力の放出」であり、幽々子のシルエットは「悟りを開いた境地にある亡霊の幽々子である」というものでした。しかし、反魂蝶の弾幕の説明をしていたためになおざりにしてしまった点があります。それは、どうして幽々子は悟りを開いた境地に至ったのかです。私はこの理由を、「幽々子が生と死の境界に陥ったから」と考えます。

西行妖のプログラム

幽々子は木の下にいる人物を反魂させようとしました。しかし先に説明した通り、西行妖は反魂が成功しないようにしている、つまりタイムパラドックスを防ぐようになっています。その状態で幽々子は反魂の術完成間際まで行きましたが、主人公らによって撃破されました。

しかしその時、主人公らの持ってきた春によって反魂の術に必要な春度(=本来西行妖が満開になるために必要な春度)を見たし、西行妖はタイムパラドックスを防ぐための防衛機能的なもの*2を強制的に発動したのではないでしょうか。

この時、彼女は絶対に生になることはない中で最も生に近づき、絶対に死にはなることはない中で最も死に近付いています。これはタイムパラドックスを満たさない中で最も生と死の境界が薄くなっていると言えるでしょう。

仏教において、どの世界(六道)でも生は苦悩であり、死は生への転生であるために苦悩となっています。その苦悩から解脱するために悟り、涅槃を目指すものだとは先に説明しました。しかし、ここでこの時の幽々子の状態を考えてみましょう。生でもなければ、死でもない。なおかつ不老不死でもない。この生死の輪廻から解き放たれた状態は、まさに解脱したと言えるのではないでしょうか。

ようするに、反魂できない状態で反魂しようとした結果、生でも死でもなくなったわけです。極端に言ってしまえば、幽々子は涅槃にいる。その涅槃こそが、顕界でも冥界でもある世界(ネクロファンタジア)なのでしょうか。

(P.S. 顕界でも冥界でもない世界だからむしろ逆なのではと思い始めました)

死者の残り香

さて、西行と仏教について考察した結果かなり明らかになってきた反魂蝶ですが、あと一つだけ明らかになっていない点があります。それは、反魂蝶中に降ってくるのアイテムの存在です。一般的に、スペカ中はアイテムは降ってきませんが、反魂蝶では雑魚敵を倒しているわけでもないのに勝手にアイテムが降ってきます。

また、この際出現するアイテムは「点アイテム(POWER非MAX時はPアイテム)」「桜の花びら」「小桜」の3つですが、この中で「小桜」は霊撃時しか出現しない特殊なアイテムとなっています。

この理由ですが、先ほどから説明している西行妖の死の妖力の放出というものに当てはめると答えに近づきます。アイテムが出現するのは必ず赤い蝶弾が放たれる時です。この蝶弾は霊魂であるため、生者が死んだときに放たれたアイテムを吸収していたと考えれば、反魂蝶ではそれを放出しているのだと解釈できます。

また、小桜の存在ですが、これも幽々子が生と死の境界にいるからと考えるとすんなり行きます。小桜は霊撃時、つまり森羅結界を割った時に発動します。森羅とは天地に存在する諸々のものという意味があります。森羅万象という言葉から取られたと考えれば、この世の理と考えることもできます。妖々夢に当てはめて言うならば、その理とは生死の理のことでしょう。

森羅結界中は被弾しないのと同じように、幽々子が生と死の境界にいることを考えれば反魂蝶を結界と表現できるでしょう。

森羅結界のような働きを、反魂蝶が別の結界として成している。そのため、小桜が出現するのではないか、と私は考えました。(正直ここの答えはあまり自信がありません)

謎への解答

さて、ここまで多くのことについて説明してきましたが、これで最初に提示した八つの不可解な謎への答えが出揃いました。それではまとめていきましょう。

・撃破したと思ったら撃破できていない
幽々子が生と死の境界にいる+反魂蝶を西行妖が放ったから

・謎の短歌の出現
西行の短歌であり、幽々子が実質的に悟りを開いた境地にいることを表現

・唐突な専用曲の再生
→生と死の境界にいることの緊張感の表現(最高の演出)

幽々子のシルエットの正体
→実質的に悟りを開き、世界と同化しているような幽々子の表現

幽々子の体力ゲージがほんの少しだけ残っている
幽々子が生と死の境界にいることの表現

・勝手に小桜や桜の花びら、点アイテムが落ちてくる
西行妖の下で死んだ者の形見+反魂蝶という結界

・スペカ所持枚数表示は墨染の桜突入時点で残り0枚を示している
幽々子のスペカ所持数は墨染の桜の時点で既にない+単純なネタバレ防止?

・ボーダーオブライフの曲説明欄で「???のテーマ」と表記されている
→実際には西行妖のテーマ+単純なネタバレ防止?

 

いかがでしょうか。正直、おそらく最後の二つに関してはネタバレ防止だとは思います。特に後者に関しては、Phantasmステージの道中曲、妖々跋扈 ~ Who done it!にも???のテーマと表記されているので尚更ネタバレ防止だとは思います(まあそんなこと言ったら考察できなくて元も子もないので)。

結論

では今回の全体のまとめに入りましょう。今回の考察内容は「反魂蝶というスペルカード、および西行妖の正体」なわけでしたので、この二つについてまとめます。

まず反魂蝶というスペルカードは、幽々子が生と死の境界に存在し、西行妖がこの木の下で眠っていった死者や死を通じて蓄積された西行妖の妖力を一斉に解放するというものなのでした。

そして西行妖の正体は、幽々子の亡骸によって封印されてはいるが、それは反魂による幽々子の消滅を防ぐという、亡霊の幽々子が亡霊の幽々子であり続けるためのいわば拠り所なのでした。

(これってなんとなくお墓に似ている気と感じました。墓があるから死者は土の中で存在し続けているというより、そこに遺体があるからこそ墓は墓として存在している……みたいな。あくまで感想なので深く捉えないでくださいね。)

さて、いかがだったでしょうか。西行の短歌というところから仏教に飛びましたが、意外にも幽々子に当てはめられるものがあったのではないかと思います。

私個人の考察した感想としては、涅槃というものがネクロファンタジアのようなものであると気付いたことに感動しました。西行寺無余涅槃や、死蝶「華胥の永眠」についても、今度これと関連させてさらに詳しく考察してみたいですね。

また、この考察はあくまで私個人としての一考察であり、実際にこうだという理論を押し付けるものではありません。それを理解していただけると幸いです。

それでは今回はこの辺で。長文でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

*1:2月15日は釈迦の入滅日、すなわちお釈迦様が死去し涅槃に入った日である。この日付は陰暦のものであり、今で言うと3月下旬から4月上旬頃である。また、西行はこの歌の通り2月16日に天寿を全うした。

*2:この防衛機能=反魂蝶とは限らない。前述の本来の幽々子の消滅を防ぐという役割が、死の妖力を吸収した西行妖には見えないところで存在しているのかもしれない。